芭蕉の時代が伝授する歌仙



芭蕉の時代が伝授する句の付け筋

芭蕉が活躍した江戸時代、俳諧における句の付け筋はどんなものだったのでしょうか。わたしたちが句を付けていく際に、手掛かりになるものが沢山、今の時代に伝承されてきているようです。それらを少し、見てみることにしましょう。

其の一

『去来抄』には、松尾芭蕉が語ったその時代の前句への付け方の「ひとつの傾向」として「うつり・ひびき・におい・くらいを以って付けるをよしとする」と述べられています。

これについての解釈は諸説ありますが、要は「真摯に前句を受け取って、自らの感性を総動員して次の句を付ける」という現在に至る付け方の「基本のひとつ」に変化はないようです。

具体的に「うつり・ひびき・におい・くらい」を個々に表現するとどうなるのかというと、去来自身も「是(これ)を手に取りたる如くはいいがたし」と述べているように、微妙さゆえに言葉では、きっちりと表現できないものなのでしょう。

そこを敢えて、独断的かつ安直に表現すると次のようになるのかも知れません。

「移り」は、前句の余情や気分が、次の付句に柔らかく移る付け方。
「響き」は、前句に敏感に感応した付け方。
「匂い」は、前句の行間に漂う気持ちや情況、潜在するものに添う、あるいは応じる付け方。
「位」は、前句の人物・事物・言葉などを見定めて、その品格に添う、あるいは応じる付け方。

これらを一説には「余情付け」と称すようですが、これをどう総称するかはその筋の専門家に任すとして「付けようの微妙なあんばいの基本のひとつ」として、現代に伝授されてきています。

其の二

また、芭蕉の門人であった各務支考(かがみ・しこう)は、付け方に関して「七名八体(しちみょうはったい)」と称する付け方の方法(七名)と狙い所(八体)を提示しています。いわば、現代に伝わるマニュアルのひとつでもあります。

●各務支考が伝授する付け方の方法(七名=有心・向付・起情・会釈・拍子・色立・にげ句)

これを敢えて、独断的かつ安直に表現すると次のようになるのかも知れません。

一)前句の情や景、状況などを見定めて、その言外のものを捉えて付ける(有心・うしん)。
二)前句の人物の性格や職業や境涯などを見定め、その人物と対応するように別の人物をもって付ける、いわば人間の存在的な一面を向かい合って付ける(向付・むかいづけ)。
三)人情味のない景色や事柄の前句の場合、その句の表現上のあやを頼りに、人情のある句を付ける(起情・きじょう)。
四)前句の人物、事柄、状態、品物などを受けて、軽くあしらって付ける(会釈・あしらい)。
五)前句の勢いに応じてテンポを合わせて付ける(拍子・ひょうし)。
六)前句の色に呼応して色彩のとり合わせで付ける(色立・いろだて)。
七)前句の意を軽く受け流してサラリと時節や気象などの句を付け、流れや気分を変える(にげ句)。

しいていえば、一)から三)が前句に対しての「堂々たる積極的な付け方の手法」で、四)から六)が前句に対しての「軽妙な付け方の手法」で、七)は、前句に対しての「軽快かつ消極的な付け方の手法」になるのかも知れません。

●各務支考が伝授する付けの狙い所(八体=其人・其場・時節・時分・天象・事宜・観想・面影)

これも敢えて、独断的かつ安直に表現すると次のようになるのでしょうか。

一)前句から感じ取れるその人物を見定めて、これを手がかりに人物描写として付ける(其人・そのひと)。
二)前句から感じ取れるその場所を見定め、これを手がかりに風景描写として付ける(其場・そのば)。
三)前句から感じ取れるその時節を見定め、これを手がかりに時節描写として付ける(時節・じせつ)。
四)前句から感じ取れるその時刻を見定め、これを手がかりに時刻描写として付ける(時分・じぶん)。
五)前句から感じ取れるその天象・気象を見定め、これを手がかり天象・気象描写として付ける(天象・てんしょう)。
六)前句から感じ取れるその人物やその時を見定め、これを手がかりにその人物のその時の状況描写として付ける(事宜・じぎ)。
七)前句から感じ取れるその心境を見定め、これを手がかり喜怒哀楽の描写として付ける(観想・かんそう)。
八)前句から感じ取れる物語の趣(おもむき)を見定め、これを手がかりに一般に知られている物語などがイメージできるように付ける(面影・おもかげ)。

其の三

芭蕉の門人、立花北枝(たちばな・ほくし)は、歌仙一巻の句を「人情無しの句」「人情自の句」「人情他の句」の三つに分類し、付句を工夫するように『付方自他伝』を著して提言した、と伝えられています。
これは、写本としてその後も俳諧師の間に広まり、時代を経て補足され、これに「自他半の句」が加わり、現代にも伝承されています。

「人情自の句」は自分のことを詠んだ句、「人情他の句」は自分以外の他者を詠んだ句、「自他半の句」は、自分および他者を同時に詠んだ句、「人情無しの句」は場の句で、自分および他者を入れずに景色や世相などを詠んだ句、のこと。

この大枠を認識したうえで、詠まれた句が、自か他か自他か場か、を判断し、付け方や付け筋を工夫してくというものです。

代表的に伝承されてきたこれら「其の一」から「其の三」までは、いうまでもなく「句はこのようにして付けるものだ」という絶対的なバイブルではなく、「付け筋として、このような線がリストアップできますよ」という江戸時代からの贈り物だと、捉えることができそうです。

芭蕉が俳諧(連句)を通じて現代に伝授するもの、それはやはり、「連句は三十六歩なり。一歩も後に帰る心なし」の基本精神だと思います。


※このページは、暫時、追加および加筆修正していきます。


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