コラム

「無限の正義」?「不朽の自由」?

 
 奇襲に対する軍事報復を決めたアメリカが、アフガニスタンへの報復攻撃を開始した。
 ハイジャックを防げず、さらにその後の防衛もままらなかったアメリカは、悲劇的な大惨事に見舞われると共に、屈辱的な思いを体験した。民間機を攻撃兵器に仕立てて多数の市民を平気で殺戮するという卑劣な行為の被害国になったアメリカは、その首謀者を、イスラム原理主義勢力のウサマ・ビンラディン氏と断定し、彼が潜むとされるアフガニスタンへの軍事報復を決めた。これに対し、国連および同盟国も理解と協力を表明。冷静さを失なったかのように「21世紀最初の戦争」が勃発しようとしている。

 アメリカがこの軍事報復に冠した作戦名は「無限の正義」。その後アメリカは、あつかまいさを自覚したわけではないだろうが、作戦名を「無限の正義」から「不朽(不屈)の自由」に変更。世界中の市民から「無差別な大規模攻撃」への懸念が表明されていることもあってか、ラムズフェルド国防長官などは、その真意の程が「嘘か誠か」は定かではないにせよ、「大規模な侵攻は行なわない」と説明すると共に「作戦は、特殊部隊などによる長期的な持久戦になる」との見通しも示し、実際の報復攻撃は「特殊部隊を中心としたビンラディン氏らの身柄拘束」「アフガニスタンの首都カブールとタリバン政権の本拠地カンダハルへの限定空爆」「周辺地域に展開する大量の空海陸軍によるイラクなど周辺国への抑止行動」などが考えられる、とした。
 多数の市民を平気で殺戮するという卑劣な行為は許せるものではないし、「テロ撲滅」の願いに対して異論をはさむ者はいない。しかし、「テロ撲滅」を掲げての行動が、その作戦「無限の正義」あるいは「不朽(不屈)の自由」の名の通りなのかと言えば「?」だらけだ。軍事報復は、さらなる犠牲者と新たな悲劇を生み、武力報復が新たな報復を呼ぶというのは確実だ。

 アメリカの世界戦略や超大国主導のグローバリズムなどへの批判もある。なぜアメリカがテロの標的になるのかの議論もある。しかし、そうした批判や見方を敢えてどこかに置いて考えても、「武力で相手を制圧することが本当の正義なのか」との問いかけは欠かせない。むしろ、「無限の正義」や「不朽(不屈)の自由」と冠してアメリカが仕掛ける今後の「新たな戦争」への理解を示す前に、そして、「21世紀最初の戦争」を豪語する前に、国際社会全体が、無差別的な軍事行動に至らない冷静さを確保し、武力で相手を制圧するという考えそのものに疑問を呈し、「待った」をかけることができる勇気と気骨を持つことが必要だ。(10月10日記)

●アフガニスタン国内では、約550万人以上が国連やNGOの支援を受けて生活しているが、アメリカが報復攻撃を決めて以後、安全確保のために国連職員などがアフガンから撤退したため、アフガンへの食料供給作業は滞りはじめ、援助用食料の備蓄などは、底をつきはじめている。アメリカの軍事行動により、アフガニスタン情勢はさらに悪化し、今後、約750万人が飢餓にひんする恐れがあると言われ、ユニセフ(国連児童基金)は、今冬にアフガンで10万人の子どもが寒さや飢えのために死亡する恐れがあることを指摘している。また、アフガニスタン市民への食料援助を行なっているWFP(世界食糧計画)は、雪が降り始める11月半ば以降、アフガンの山岳地帯に生活する10万世帯に餓死の危険があることを指摘、「10万世帯には冬の間に計3万トンの食料を継続的に配給することが必要」としたうえで、「これが途絶えた場合の結末は破局的なものになるだろう」と警告している。

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