「松尾芭蕉『冬の日』とJAZZ演奏のコラボレーションは如何?」
この提案を聞いたときは、はっきり言って躊躇しました。興味深いとは思ったものの、三十六句に、統べて曲を付けて演奏することは難しいと感じたのです。
まあそれでも、やまぐち連句会事務局からの「一句に一曲でなくても構わない」「統べてオリジナルでなくても、ジャズやもろもろの曲を付けても良いのではないか」「曲は短くても、長くても良い」という声と、いくつかのアイディアを頂いて、思い切ってやらせていただくことにしました。
●「冬の日」とジャズを繋ぐ●
奇遇と言っては何ですが、わたしは文学部出身のジャズ・ミュージシャンです。
大学では松尾芭蕉(おくのほそ道)や枕草子の講読もしました。
これは、ジャズ界においては、そんなに珍しいことではありません。
音学大学を出ていないジャズ・ミュージシャンは、おそらく、出ている方と同じか、それ以上にいると思います。つまり、ジャズには、音大で学ぶ音楽の知識以外の要素もあって良い(あるいはあった方が良い?)ということかも知れません。
また、自分の演奏は、ジャズ・フルートのなかでは、メインストリーム・ジャズであり、モダンジャズ、ビバップを踏襲するものですが、作る曲はアジアの香りがしたり、和風だったりします。童謡や民謡をジャズにアレンジして吹くこともよくあります。
これは、自分がフルート、すなわち「横笛」を吹く、ということにも関係していると思います。自分の楽器やその音色は、サックスやブラスよりも、素朴な可愛らしいメロディーが似合ったりします。だから自然と、「和風」なもの「アジア」なものも手がけるようになっていきました。
文学部、和風テイスト・・・「冬の日」とジャズを繋ぐ役目は、どうも、自分にぴったりだったのかも知れません。
●句に付ける曲を思案●
さて、いくつかの句は、わりと簡単に曲が付きました。
「たそやとばしるかさの山茶花」は、わたしのCD『NORI NOTE』に収録のオリジナル曲、「山茶花=Sazanqua」を付けました。
これは、冬、風の強い日に山茶花が散るイメージで作ったもので、句とぴったりだと思いました。同じタイトルの曲があるなんて何というご縁・・・。
「二の尼に近衛の花のさかりきく」は、『春の如く』収録の「そんな春の日々=Those Spring Days」を付けました。これは四月に桜花の下を散歩しつつ作った曲でした。
その後は、何日も何日もかかりました。
「冬の日」を寝床で読んでは眠り、読んでは眠り、思いついたことはメモして、といった日々です。
ようやく、「のり物に簾透顔おぼろなる」「いまぞ恨みの矢をはなつ声」に『Evidence(証拠)』byT.Monkという曲をつけたのは、『証拠』を見つけたから矢をはなつぞー、というアイディアからでした。
「笠ぬぎて無理にもぬるる北時雨」は、雨なので『Here's That Rainy Day』。
発句「狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉」は、既成の曲にするか、自分の曲にするかも含めて大夫悩みましたが、オリジナル『Easy
Come Easy Go』の軽妙さと雰囲気が合うように思い、決めました。
この曲は日本語訳が『人間万事塞翁が馬』。「翁」を芭蕉と竹斎にかけたところもあります。
引き受けた当初から、何曲かは新しい曲も書き下ろすつもりでいました。
新しく書き下ろした曲では、最後の句「廊下は藤のかげつたふ也」が、先ずできました。
これは、(連句の)終わりはさらっと去っていく、というイメージで描きました。藤のかげが、微かに揺れているイメージで、ボサノバに。
次に「あはれさの謎にもとけし郭公」。『謎』的なコード進行も入れつつ、モチーフ的に短く作りました。和風メロディーとジャズ・コードの融合技です。
最後に作ったのが「秋水一斗もりつくす夜ぞ」。語感が明るいので、空間的な曲にしました。
また、ギタリストの山口友生が「自分も曲を書きたい」と申し出てくれましたので、後半の「月」と「花」をお願いすることにしました。
「日東の李白が坊に月をみて」バンプ(間奏)ぽい曲。粋な感じです。
「綾ひとへ居湯に志賀の花漉して」これは、短いけど含みがある、色っぽさもある曲だと思いました。わたしの曲「藤のかげ」と続けて演奏しました。
曲をあてはめていくうちに、自分たち三人、それぞれに、即興で曲を付ける部分があっても良いのでは、と、ふと思いつきました。
「巾に木槿をはさむ琵琶打ち」(山口友生、ギター即興演奏)
「うしの跡とぶらふ草の夕ぐれに」(澁谷盛良、ベース即興演奏)
「箕に鮗(このしろ)の魚をいただき」(小島のり子、フルート即興演奏)
それぞれに、個性溢れる演奏だったと思います。これらは即興なので、たとえば再演すると、また違う曲になります。
●嬉しいチャレンジ●
当日はお天気にも恵まれ、赤間神宮での演奏は、みなさまの暖かい目(と耳)に包まれて、進行も、時間も、スムースに参りました。
連句にいらしたみなさまにとって、わたしたちの演奏は、一体どんな風に捉えられるのかしらん、とも思いましたが、今更変更もききません。それぞれの句に付けた演奏を、心を込めてやるのみ、でした。
幸いなことに、演奏を終えてから、みなさまに楽しんでいただけたとのこと、初めてジャズを聴いて、しかもとても楽しかったとのこと、などなど、感想をいただきました。
とても嬉しかった。
時間をかけて、チャレンジした甲斐があったというものです。
みなさま、大変お世話になりました。メンバーの二人にも、いろいろお世話になりました。
JAZZ+松尾芭蕉『冬の日』コラボでライブ&セッションは、関門海峡を見下ろす、赤間神宮の階段からの景色と、横に鎮座していた狛犬の愛くるしい表情とともに、忘れられないものとなりました。
ありがとうございました。
表
狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉 Easy Come Easy Go(オリジナル)
たそやとばしるかさの山茶花 山茶花(オリジナル)
有明の主水に酒屋つくらせて 七田(オリジナル)〜
かしらの露をふるふあかむま I'm Confessin'
朝鮮のほそりすすきのにほひなき I'm Confessin'
日のちりちりに野に米を刈 I'm Confessin'
裏
わがいほは鷺にやどかすあたりにて Zingaro
髪はやすまをしのぶ身のほど Zingaro
いつはりのつらしと乳をしぼりすて Zingaro
きえぬそとばにすごすごとなく Zingaro
影法のあかつきさむく火を焼て Wee Small Hours(alto-flute)
あるじはひんにたえし虚家 Wee Small Hours
田中なるこまんが柳落るころ Wee Small Hours
霧にふね引人はちんばか Stella By Starlight
たそかれを横にながむる月ほそし Stella By Starlight
となりさかしき町に下り居る Stella By Starlight
二の尼に近衛の花のさかりきく Those Spring Days(オリジナル)
蝶はむぐらにとばかり鼻かむ Those Spring Days
名残表
のり物に簾透顔おぼろなる Evidence
いまぞ恨の矢をはなつ声 Evidence
ぬす人の記念の松の吹きおれて Evidence
しばし宗祇の名を付し水 Evidence
笠ぬぎて無理にもぬるゝ北時雨 Here's That Rainy Day
冬がれわけてひとり唐苣 Here's That Rainy Day
しらじらと砕けしは人の骨か何 Here's That Rainy Day
烏賊はゑびすの国のうらかた Here's That Rainy Day
あはれさの謎にもとけし郭公 Hototogisu(小島のり子書き下ろし)〜
秋水一斗もりつくす夜ぞ Autumn Water(小島のり子書き下ろし)
日東の李白が坊に月を見て 山口友生書き下ろし〜
巾に木槿をはさむ琵琶打 山口友生 guitar インプロ(即興)
名残裏
うしの跡とぶらふ草の夕ぐれに 澁谷盛良 bass インプロ(即興)〜
箕に鮗の魚をいたゞき 小島のり子 flute インプロ(即興)
わがいのりあけがたの星孕むべく You Are Too Beautiful(piccolo)
けふはいもとのまゆかきにゆき You Are Too Beautiful
綾ひとへ居湯に志賀の花漉て 山口友生書き下ろし〜
廊下は藤のかげつたふ也 Wistaria Flower(小島のり子書き下ろし)
小島のり子Noriko Kojima(flute)
フルートの持つ木管の暖かさ、透明感、伸びやかな広がりを大切にしながら、ジャズならではのグルーヴ感と力強さを出すごきげんなプレイが持ち味。オリジナル曲も多彩で、ライブ・ハウスを中心に演奏活動を展開している。また、ボサノバやブラジル音楽系のミュージシャンとも数多く共演している。
リーダーCDは「Easy Come Easy Go」「春の如く」「Norinote」。参加アルバムは平田王子「オルフェのサンバ」、菊地成孔「Degustation
A Jazz」、鈴木桃子「Makin' Music Makin' Love」など。東京都在住。
澁谷盛良Moriyoshi Shibuya(bass)
「アコースティックならではの音」を意識してベースを奏でる。響きのある太くて暖かい音色とニュートラルな自然体のベース演奏は特に定評がある。メロディーを自然に捉えてコード・プログレッションとの関連性を的確に掴むため、曲を把握するスピードが速く、譜面台の必要があまりない。その音はいつのまにか聴衆の体を揺らし始める。
参加アルバムは関口祐二「Melodies Of Love」、ファンキー末吉「香港大夜総会」、小島のり子「Norinote」など。東京都在住。
山口友生Tomoo Yamaguchi(guitar)
ボサノバやブラジル音楽はもとより、ジャズをフィンガーピッキングのアコースティックギターで弾くという新境地を開拓。繊細なコード感覚を持ち、複雑なコード進行でも、さりげなくバッキングを繋げていく。アドリブプレイや爪弾きによる音色は美しい。ジョージ大塚、中山英二、酒井冴理、小島のり子、等のデュオ及びグループ等で演奏活動をしている。
参加アルバムは中山英二「Whirling Of The Wind」、木島健太郎「Inner Voice」、小島のり子「Norinote」、冴理「Saeri
Song Book」など。東京都在住。
4.22に『ラッシュ・ライフ』2800円が全国発売されました。全10曲のうち「ほととぎす」「藤のかげ」「七田」がごきげんなプレイで登場。最寄りのCDショップでお買い求めください。